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Technotes 技術ノート

“クロック”パラメーターって何だ?クロックベンディングを技術解説。

“クロック”パラメーターって何だ?クロックベンディングを技術解説。

音楽機材では、「クロック」というワードはしばしば登場します。

・なんかペダルにそういうツマミがある
・ドラムマシンなどをシンクさせるときに使う
・オーディオインターフェースにそういうI/Oがある

これらは名前が同じだけあって、似ているところもありますが、まったく違う役割のものです。今回は1つ目の、ペダルで登場するクロックパラメータについて解説します。一部のペダルについている“クロック“というツマミ、回すとピッチやテンポが変わったり、音が荒くなったりといろいろなことが起こる不思議なツマミですが、本当のところこれは何をしているのでしょう。

クロックってなんだ?

ペダルに限らず、スマホやパソコンなどいわゆる「デジタル」なもののほとんどは、実はこのクロックを持っています。このクロックが何をしているのか、名前の通り時間を刻む役割ということができるでしょう。

クロックは、電気的には電圧が上がって下がるを繰り返す、(もの凄く速い)ただの波です。デジタルの世界ではこの波が一つやってくるごとに、少しだけ処理が進みます。波がやってこないと、デジタルの世界ではなんの処理もできず、永久に時間が止まったままになります。

つまり、クロックとはデジタルの世界における時間の基準となるものです。現実世界では時計が止まっても時間は動いていますが、デジタルの世界でクロックが止まると時間も止まり、クロックが速ければ時間も速く進み、遅ければ時間も遅くなります。

一般的なデジタル機器では、クロックは非常に安定して、一定である必要があります。クロックは全ての基準なので、これが動いてしまうと全ての動作に影響が出て、普通はめちゃくちゃになってしまいます。日常生活でも、昨日と今日で時間の進み方が違ってしまったら困りますよね。そのため、クロックを変化させてしまうというのは一般的なデジタル機器では全く想定されていません。そう「一般的」には……。

クロックを変化させる行為は"クロックベンディング"と呼ばれ、サーキットベンディングの世界では時折行われていました。こちらの動画は、ゲームボーイのクロックを外部から可変できるよう改造されたもの。また、BBDディレイ(アナログディレイ)も実はクロックベンディングに近い方法でディレイタイムを変化させています。

MOOD MKI, MKII

MOODのCLOCKパラメーターは音質、キャラクター、ピッチなど多くの要素に影響する。

音の世界では時間が変化すると、ピッチとリズムと音質が変わります。よく考えてみたら、これはペダルを構成する要素ほぼ全てですね。前述の通り、クロックを変化させるというのは非常に常識外れなことなのですが、Chass Bliss MOOD(mk1)はこのクロック可変が生み出す大胆な変化をペダルに導入しました。

ディレイやサンプラーペダルは音を一旦録音し、しばらくしてから再生する、という処理になります。これが録音と再生でクロックが遅くなると、

・ピッチ: 低くなる
・リズム: 遅くなる
・音質: 粗くなる(サンプルレートが低くなる)

というような変化が同時に発生します。特にサンプルレートが低くなると、高域が再生できなくなった泥のような音になりつつ、独特のジリジリした高域の質感が混じっていき、もっと下げると再生しきれずガビガビになりすぎた音がノイズのテクスチャに変わっていきます。

クロックが倍になると、ピッチはオクターブ上へ、リズムも倍のスピードになり、クロックが2/3になるとピッチは完全五度下へ、リズムも2/3倍になります(四分が付点四分になるということですね)。

このように、ピッチとリズムの間には密接な関係があるのですが、MOODではクロックの変化を整数比の値にすることで、音楽的な変化になるよう工夫されています。そもそもここまでイレギュラーな手法を組み込み、ペダルとして製品化してしまったことが非常に革新的。またクロック変化のサウンドは単体だとアブストラクト過ぎる印象がありましたが、そのような要素さえもキャラクターの一つとして、センスよくまとめたChase Blissの手腕も素晴らしい。その特殊性は現行のMOOD MKIIで更に飛躍しています。

Old Blood Noise Endeavors - BL-37 Reverb

BLシリーズは共通してCLOCKスライダーを搭載。

Old Blood Noise EndeavorsのBLシリーズは共通してクロックパラメーターを備えており、特徴的な斜めのスライダーで制御されます。シンプルな仕様のため、クロックで"サウンド丸ごとひっくり返す"ような感覚は、MOODよりも印象的と思います。

BL-37 Reverbを例に取ると、クロックのスライダーは大雑把に一般的なリバーブでのルームサイズや、ディケイといったパラメータに近い変化をします。ですが実際はデジタル世界の時間を歪めているに等しいため、そういったパラメータ名では表現できない非常にダイナミックな効果を生み出します。

部屋のサイズではなく時間の進み方が変わったとき、どんな音がするのか?そんなことを想像できる人は少ないと思いますが、クロックを可変するというのはそのような異常事態です。

また(実はMoodもそうですが)、 BLシリーズはメインのDSPチップのクロックを可変するための別のマイコンがわざわざ別に搭載されており、クロックをダイナミックに、印象的な変化をするような微細な工夫が仕込まれています。この細かな調整が、クロックを操作した際の有機的な気持ちよさにつながっているのです。

Electronic Audio Experiments - Prismatic Wall

弦ピッチのチューニングを可変クロックで実現するPrismatic Wall。

Prismatic Wallはレゾネーターという珍しいジャンルのペダルですが、これも実はクロックを変更することによってレゾネーターのピッチを変えています。それにはクロックを可変するもう一つの利点である、「なだらかで連続的なピッチ変化」が理由しています。

デジタルで特定の周波数の音が出るようにする、というのは厳密に考えていくと意外に難しいところがあります。(いろいろな方法がありますが)ある周波数の音を出すためには、基本的に1周期分の時間を測る必要があるわけです。

しかし、デジタルというのは前述の通りクロックを基準にして動くため、基本的に1クロック、2クロック分というように、クロックが何回分かというようにしか時間を測れません。クロック1.5回分の時間というのは測れず、その周波数の音は出せないということです。これではなだらかな周波数変化ができません(かなりかみ砕いています)。高い周波数、高いピッチになるほど正確に周波数を数えられなくなり、このクロックの「粗さ」が顕著になってきます。

そこでクロックそのものを可変するとどうでしょう。クロックの密度そのものが変わるので、アナログ的なスムーズな周波数変化が可能になるといえます。Prismatic Wallではクロックを別のマイコンから供給しているため、完全にアナログなクロック変化をしているわけではありませんが、処理の負荷を分散したことで微細なニュアンスの表現が可能になっています。

またピッチのチューニングをクロック可変で実現させたことで、クロック可変から生まれるキャラクター変化もペダルの個性として取り込まれているのが興味深いところ。特に低いピッチはクロックを下げて実現するため、エイリアスノイズが混ざったローファイで混沌とした雰囲気に。こちらでも緻密な世界観の構築が光っています。

クロックを可変させる発想はサーキットベンディングの世界ではしばしば行われてきましたが、エフェクトペダルにおいてはかなり新しいアイディアです。クロック側は可変させられることを全く想定していない設計なので、いわば"外道“の使い方と言えます。次はどんな"外道”が飛び出してくるのか、これだからエフェクトペダルは面白い。

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