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Recording プロオーディオ

GRACE design m303 高音質アクティブDI 「技術解説」

余計な色付けがないプロフェッショナルDIであるGRACE design「m303」は、発売以来そのクリアで滑らか、繊細かつ力強い音質が評価されており、世界中のレコーディングスタジオやコンサートホール、ライブハウスに導入が相次いでいます。ここ日本でも記録的なヒットとなっており、音楽施設はもちろん、ベーシストやアコースティック系ミュージシャンのマイDIとしても人気の製品となっています。

これだけ様々なDIが発売されている中で、何故これほどまでにミュージシャンやサウンドエンジニアから高く評価されているのか?

今回は、m303の素晴らしい音質の秘密について解析を行ってみました。

シンプルで理にかなった必要最小限の回路構成の中には、驚くほど多くのノウハウが詰め込まれていました!

まずは電源に注目。オーディオ機器にとっての電源はオーディオ回路部分と同じくらい重要です。m303はミキサーやマイクプリアンプから供給されるファンタム電源で動作します。供給されたファンタム電源はm303の内部でオーディオ回路に適した+/-電源へと生まれ変わります。専用設計の絶縁型フライバックDC/DCコンバーターでローノイズで安定した電源がサウンドの基礎をしっかり固めます。絶縁型のコンバーターですのでグラウンドリフトによりミキサー側とm303の回路を完全にアイソレートすることができ、複雑な回線の現場でのグラウンドループ対策としても有用です。

オーディオ信号は、まず入力信号を受け取るインプットバッファーを通過します。入力段にFETで構成されるOPA1652オペアンプを使用したバッファー回路です。テキサスインスツルメンツ社製OPA1652は、SoundPlus™の称号を冠したローノイズ/低歪性能に秀でたオーディオ回路のために開発されたオペアンプです。入力波形に正しく追従する速いレスポンスとクセのない音質、音楽的な躍動感を与えてくれる品種で、GRACE Designの楽器用プリアンプにも採用されている信頼性が抜群の素子です。

入力インピーダンスはDIとしては標準的な1MΩです。スルーアウトはインプットとパラレルに配線されており、文字通りのスルーアウトです。この構成だとギターアンプ/ベースアンプを接続した場合、それらの入力インピーダンスの影響を受けます。つまり、アンプの入力回路で起こる音色変化をDI出力にも適用できるという事。ふだん聴いてるアンプの音も要素として取り入れDI出力できる、ギターアンプ/ベースアンプの楽器としての部分をサウンドに追加できる、m303のこのあたりが音楽的なサウンドと評価されるところかもしれないですね。

INSTRUMENT INPUTとTHROUGH は 内部でつながっています。楽器 ~ m303の入力回路 ~ アンプの入力回路 がつながるのでm303の入力回路は、アンプの入力インピーダンスの影響を受けます。

入力には、INPUT PADも用意されております。PADがOFFでも +14dBu 、ピーク・トゥ・ピークで 10V以上の信号を入力可能で、たいていの場合PADはOFFで問題ありません。もしピークインジケーターが頻繁に点灯するような場合はPADをONにしてください。PAD有効時は +27dBu までの信号を受けることができ、十分に余裕がある設計となっています。

インプットバッファーを通過すると次はハイパスフィルターです。カットオフ周波数は 20Hz 、12dB/octの急峻な減衰特性を採用、このフィルターは常に通過します。人間の可聴限界の下限が20Hzより低い周波数成分を取り除く設計です。可聴範囲より低いのでもともと聞こえない周波数成分ではあるのですが、ここにも考え抜かれたGRACE designの設計哲学が貫かれています。

m303はトランスバランス出力です。トランスは交流信号を扱います、直流は通過できません、直流に近い低周波数帯域も感度が低下します。どんなトランスも20Hz以下はレスポンスが低下するのが一般的なので、通常では20Hz以下は感度が落ちて出力には現れません。

そもそも聞こえない帯域だし、トランスを使う回路であれば出力に出てこない成分ではあるのですが、そこをあえてフィルターで取り除く事には、もちろん大きな意味が隠れています。そしてこのハイパスフィルターこそがm303のサウンドを決定づけているの一番の特徴だと思っています。

トランスは扱える信号の振幅の範囲が決まっていて、それより大きな信号を入れると磁束密度を高め、磁気飽和によって歪が発生します。例えば、振幅は+1Vから-1Vの範囲で振れる 2Vp-p 、100Hzの正弦波を考えてみます。仮にトランスが取扱いできるレベルを±1.5Vの範囲、つまり3Vp-pとすると、2Vp-pの信号はトランスの許容範囲内ですので、これは問題はありません。

ここに聞こえない低周波数成分10Hzが混入したとします、振幅は同じく 2Vp-p とすると、100Hzは10Hzの波形の上に重畳する形となり、10Hz が大きく振れたフェイズでは100Hzの成分はピークは 2V+2Vで +4V (または -4V) まで振れる計算となり、トランスの許容範囲を飛び出してしまいます。しかし実際には飛び出すわけではなく信号波形は限界ラインの ±1.5V で頭打ちとなりクリッピング、歪となります。聞こえない周波数でもその成分が存在していれば可聴帯域の音声信号を歪ませる原因となるのです。

楽器の発音プロセスにおいて、ピッキングの瞬間のアタック部分には低周波数から高周波数までとても広い範囲のスペクトルを含みます。また、ピエゾPUを搭載した楽器のハンドリングノイズには20Hz以下の低周波数の成分がたっぷり含まれています。通過できない直流や低周波数成分であっても、トランスに入力されれば磁気飽和を発生しうることからm303ではフィルターでカットしてからトランスに入力しているのです。これにより歪の発生リスクを低下させ、広いダイナミックレンジを確保します。不要な低周波数成分を除去するハイパスフィルターの採用が磁気飽和による歪を抑制し、究極のクリアーさと表現性を実現しているのです。

一見ムダにも思える、聞こえないところを除去するフィルターですが、音質にダイレクトに作用する効果的な機能であり、m303のサウンドへの貢献度はかなり大きい事が分かります。

m303の出力はトランスバランスです。楽器レベル/アンバランス信号をマイクレベル/バランス信号へ変換します。シンプルな構成であるが故にトランスの選定が重要、歪が極めて少ないこと、フラットな周波数レスポンス、低音域の存在感、ノイズの混入がないこと などなど、GRACE designが求める高い水準のトランスがm303に必要であったと開発者のマイケル・グレース氏は語っています。そのトランスは世界的なトランスメーカー であるLundahl社へのカスタムオーダー品が採用されました。

Lundahl社のトランスは、その音の忠実性と透明性が評価されています。カスタムオーダーされたm303専用のトランスは、ハイニッケル・コアを採用し余裕のあるヘッドルームと低歪みを実現。GRACEのサウンドイメージと見事にマッチする澄み切ったサウンドに仕上がりました。また、ミューメタル・パーマロイ磁気シールドにより、外部からのハムやバズの干渉から音声信号を守ります

最上級のトランスを最良の条件で使用する。パーツの性能だけに頼らないスキのない設計はさすがです。出力トランスにハイパスフィルター、GRACE designの設計にはいつも気付きがあり、技術者として勉強になります。ここに出力トランスを徹底してクリアに使うための最適解を見た気がします

m303は電気的な設計の他にも、筐体設計においても大きな特徴を有します。6mmを超える肉厚のアルミ押し出し材を使用したケースは、内部を保護するとともに静電シールドとして機能するため、外部からの飛び込みノイズをシャットアウト、音質面でも大切な役割を果たします。また、操作部は1段階落とし込まれていて、万が一落下させてしまった際でもスイッチなどのパーツの破損を防ぐ現場志向のプロフェッショナル設計です。

十分すぎる厚さの押し出し材。パネルを一段下げて実装するために掘り下げ加工が施されている。

パネルだってこんなに厚い!

シンプルながらも綿密に計算しつくされたm303の設計は、すべてが『音を変えない』ためのアイデア、ノウハウであり、m303は最も透明なDIであると言えます。

音を変えない透明なDIはどんな楽器ともタッグを組める。PA環境を構築する側にとってはミュージシャンの要求に最善の音質をもって応えられる万能なDIであると言えます。

『ミュージシャンが音声信号をPAシステムに受け渡すこと』これがDIの役目だと思います。ミュージシャンが楽器にこだわり、ペダルにこだわり、シールドにこだわり、そのシステムで作り上げた音、これをそのままPAエンジニアに託したい、これは至極当然な欲求、ミュージシャンがDIに求める必要条件だと考えます。

ここで音質を変えられてしまっては悲しいです、随所にこだわって作ったサウンドなのですから。最高のライブにするためにも、DIにもこだわることは自然な流れであり、DIを自身のシステムに組み込んでしまうのも効果的なアップデートです。渡すサウンドがバッチリと “きまっていれば” PAする際に余計な補正や調整が不要になり、PAさんにも歓迎されることでしょう。

m303は、ミュージシャンにとってもPAエンジニア/レコーディングエンジニアにとっても最高のDIです。

我々が自信をもってお薦めする理由もお分かりいただけたと思います。

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