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コンプ感の少ない開放的なサウンドや、ナチュラルかつスピード感のあるサウンドが特徴のリボンマイク。そのキャラクターから愛用者も多いこのマイクですが、多くのエンジニアやホームレコーディングを行うミュージシャンの皆さんにとっては「壊れやすい」「注意深く扱う必要がある」「保管方法にも気を使う」マイクであるという印象が強いでしょう。私もそのような認識でした。厚み1μmとか言われると使うのに勇気が必要だし、ヴィンテージのリボンマイクの取り扱いは慎重にしないと…。間違ってパッシブのリボンマイクにファンタム電源を使ってしまうと…
こうなってしまいます。
かつてはリボンにカーボンナノチューブなど、特殊な素材を採用して強靭な耐性を獲得したリボンマイクも存在しました。しかし、最近のリボンマイクは従来通りのアルミ箔のままで「強度がある」「保管もシビアになる必要はない」等、その扱いやすさをセールスポイントの一つにあげている物がほとんどです。
なぜ昔のリボンは脆かったのか、当時と比べ何が変わったのか、そしてマテリアル以外でどんな工夫で強度を獲得しているのか。最新リボンマイクの進化の秘密を、弊社取り扱いのリボンマイクメーカーに聞いてみました。
まずはなぜリボンマイクは壊れやすい、もしくは壊れやすかったのかについて。Ohma Worldによると、「リボンのサイズやチューニングも関係はしますが、なによりリボンマイクが人間の髪の毛よりも薄い、空気のように軽いアルミニウム箔を使用していることが原因」と語ります。ではなぜそんなにも薄くしなければいけなかったのか?古いリボンマイクにおいて、リボンを薄く軽く作らなければならなかったのには次のような理由が考えられます。
リボンマイクは電磁誘導の原理を用いて動作します。磁界の中で導体であるリボンが変位すると、フレミング右手の法則に則り、リボンの両端に電位差を生じます。
リボンマイクにおける電磁誘導について
この動画では導線が磁界中を移動するとき、その導体に起電力が発生し電流が流れるということが説明されています。この図中の導体を、空気の振動で動くほど薄くて軽いアルミニウムリボンに置き換えたものがリボンマイクです。リボンが音波を受けると、リボンは音波によって磁界中を往復振動します。すると往復振動に応じた交流電流、つまり音声の電気信号が得られるというわけです。
Ohma Ribbonのリボン。上の動画と同じ位置関係で、マグネットに挟まれたリボンが動くことで電気信号が発生する。
しかしこの原理上、どう頑張っても微々たる電気信号しか得られません。それでもできるだけ出力を大きくしたい!ここに様々なアイデアが見られます。リボンは長ければ長いほど、磁界の影響を受ける範囲が大きくなり、生じる電位差も大きくなります。そこで古の開発者たちはリボンを蛇腹に形成し、全長を長くすることで感度向上を狙っています。この事は同時に横方向のブレの抑制にも役立っており、磁石との隙間も最小ギリギリを狙えるため、さらに発電効率をアップさせることができます。また、リボンを動かすのは空気を構成する分子である、という事も忘れてはいけません。分子レベルの粒子とともに簡単に動いてしまうリボンであれば、効率も上がり感度も改善できます。
長くしたいし、軽くもしたい。どちらも満足させるために、先人たちは軽くて薄い空気のようなリボンを開発していったと考えることができます。
しかしながら効率を求めてリボンを薄く作れば、強度が低下するのは当然。効率と強度はトレードオフの関係にあります。どこでバランスをとるか、リボンマイクメーカーの苦労が伺えますね…。しかしながら、リボンマイクの自然なスピード感、そしてコンプ感の少ない開放的なサウンドは、この空気のような薄く軽いリボンエレメントが自由に振動できるところに秘密があるわけです。これが当時の入手可能な素材や加工技術のなかで、最大限に工夫してたどり着いた結果。確かに浪漫を感じます。
さて、かつてはリボンを薄くせざるを得なかったが為に壊れやすかったリボンマイクですが、今は状況が違うようです。
Ohma WorldはOhma Ribbonについて、「Ohma Ribbonはより大きく厚い(1.8μm)リボンを使用しており、他のリボンマイクよりも頑丈といえます。加えてギタリストが弦交換の際にするように、装着前にリボンをあらかじめストレッチしています。これによってリボンの寿命が延びるほか、吹かれに対しても強くなっています。」と語っています。Ohma Ribbonの最大SPLが140dBと非常に高くなっていることから分かるように、リボンを分厚くすれば当然ながらより頑丈になる、ということですね。
ところで前のセクションで述べたように、リボンは厚くなれば動きにくくなり、感度が下がるはずです。しかしOhma Ribbonの感度は-54.42 dBvと低くありません。なぜリボンが厚くなっているのに、感度は下がっていないのか。ここにはリボンと並んで大きな要素である、マグネットの進化が関係しています。
リボンの動きを電気に変換する際には、電磁誘導の原理を利用しています。マグネットが作り出す磁界の中に吊るされたリボンが動くことで電気信号が生じ、そしてマグネットの磁力が強ければ強いほど、出力が強く、マイクとしては感度が高くなります。
そんな大事な磁石ですが、以前はリボンマイクの磁石としてアルニコマグネットがよく採用されていました。しかし技術は発達し、こちらによるとアルニコの5-10倍の磁力を持つネオジム磁石など、高性能なマグネットが採用されるようになります。ここまで大きく感度を向上できれば、多少ぶ厚いリボンを使用しても問題ないということなのです。Samar Audio Design AL959に使用されているリボン。Ohmaとはまた異なった工夫を凝らしているが、その内容はまた次回。
強力なマグネットで十分な感度を確保することで、厚いリボンを使用することができるようになった現代のリボンマイクですが、「壊れにくさ」という点では他にも進化が見られます。その一つとしてOhma Worldが語るのは、Ohma Ribbonがアクティブのリボンマイクであるという点です。
「Ohma Ribbonはファンタム電源が必要な、いわゆるアクティブリボンマイクです。古いリボンマイクだと、パッチベイや壊れたケーブルを使用した際、意図しないファンタム電源がリボンにダメージを与えてしまうことがありました。電圧が与えられることでリボンがスピーカーのような動きをしてしまい、もちろんリボンは激しい音の波を処理することができないのでダメージに繋がってしまうのです。その点Ohma Ribbonはむしろファンタム電源が必要なアクティブなので、リボンを傷つけるリスクも少ないと言えます。」
この記事の冒頭にある動画は、まさにファンタムを加えてしまったことで悲惨なことになっているリボンの動画です。もちろんアクティブ化はサウンドメイクやゲインの補助も目的ではありますが、故障を避けるという点でも役立っているんですね。
ここまでご紹介してきた通り、リボンは壊れやすさを大きく克服してきました。そしてそれは、サウンドメイクのための工夫ができる余地が生まれたということでもあります。これについてはまた今度、触れていこうと思います。