クリエイティブな音楽機材の
メディアサイト
前回の記事では、「リボンマイクはなぜ壊れにくくなったのか」について解説しました。最も大きい要因はリボンマイクに使われる磁石の進化だったわけですが、それによって変わったのは壊れにくさだけではありません。耐久性に余裕が出たことで、サウンドメイクの可能性、ひいてはリボンマイクの個性の幅が広がったのです。
今回はOhma RibbonとAL95を例にとって、リボンマイクの個性について解説します。コンデンサーマイクとリボンマイクの設計の違い、それによるサウンド傾向の違いにも触れながら、バラエティ豊かなリボンマイクの世界をのぞいてみましょう!
トランジェントを綺麗に捉えるのもリボンマイクの特徴。キットマイクとして使えば、ドラムサウンドの輪郭が格段にハッキリと出てきます。
大きいネオジウム磁石を使用することでぶ厚いリボンを使用できる利点について、Ohma Worldは「Ohma Ribbonのリボンは他のものより厚いので、かなり低いチューニングで張ることができます。ちなみに私たちは約18Hzで張っています。これによって、より広い周波数帯域をキャプチャーすることが可能になっています」と教えてくれました。
ギターなどの弦と同様に、リボンはリボンマイクのユニット内に張られています。同じ張力でも弦が太い(質量が大きい)方が音程が低くなるのと同じで、リボンが厚い分低い周波数のチューニングで張ることができる。技術的な言い方をすれば、「振動系の共振周波数を低い領域に持っていくことができる」わけですが、これがどのようにサウンドに影響を与えるのでしょうか?
実はリボンマイクはその原理上、振動系の共振周波数より高い周波数で感度が一定になる特性があります。周波数レスポンスを見ると、低い帯域にピークができ、それより高い周波数にかけてはフラットになる。なぜそうなるのかは長くなるので割愛しますが、これは代表的なリボンマイクのスペックからも読み取れる傾向です。
そこで低域のピークをもっと低い周波数へ持っていけば、それより高い周波数のフラットな領域を広く確保できるって寸法。故にOhma Ribbonはこのポイントを約18Hzとできるだけ低くチューニングすることで、フラットな帯域を広く確保する事を実現している、ということなのです。
Ohma Ribbonの周波数特性。共振周波数の18Hzは流石に測定できていないが、フラットな特性がよくわかる。
ここで少し、コンデンサーマイクのお話しを。リボンマイクとは反対に、コンデンサーマイクにおける振動系の共振周波数は高い周波数帯域に現れ、そしてその周波数より低い帯域がフラットになります。(これも理由を説明するのは割愛しますが、そういうものです。)つまりは共振周波数が高くなるようにチューニングすれば、コンデンサーマイクのフラットな領域は拡大できる。そのため周波数レスポンスをよく見ると、高域にピークがあり、低域にかけては非常にフラットな特性であることが読み取れます。
コンデンサーマイクが一般的に、他のマイクより明瞭で繊細な音質傾向となるのはこの事が関係してきます。共振のピークを何kHzにするのか、どれくらいピークを出すのか、出さないのかといったあたりがコンデンサマイクの個性を決める要素の一つと言えます。ここは各メーカーが研究しているところでしょう。
ちなみにコンデンサマイクの振動板も薄く作られており、10μm〜30μm程度が多いようです。振動板とはいうもの実際のところは膜と呼ぶほうがしっくりくる。振動膜にはプラスチックフィルムに金やプラチナが蒸着されたものが使用され、スペーサーを挟んで固定電極に固定されています。コンデンサとしての効率を高めるために固定電極と振動膜の距離が重要で、驚くほど接近して組み込まれます。その距離わずか数十μm。振動膜は固定電極に触れてはならないので、音波を受けて振動した時も接触しないよう、ピシッとシワの一つもないように張られています。
リボンマイクはぶらぶら、コンデンサマイクはぴーん。両者の構造の違いが対象的で面白い。ちょっと前に出てきた共振周波数とフラットな帯域の関係性について、この違いから何となく想像できそうですよね。
Ohma Condenserの周波数特性。比較的低い周波数帯でフラットになっていることがわかる。
上述のOhma Ribbonでもリボンの張力に工夫が見られましたが、Samar Audio design AL95はリボンの形状にアイデアが見られます。
通常のリボンは、横方向に折り目をつけて蛇腹に形成されています(リボンを縦長に配置した場合)。これは全長を長くして感度向上を狙いつつ横方向のブレを抑制するアイデアで、現在も多くのリボンマイクで見られる形状です。一方でAL95のリボンは、両端は横方向、それ以外は縦方向に折り目がつけられています。
この形状によってリボンは質量をそのままに剛性が高まり、磁界中を平行移動する、いわばピストンの動きで振幅するようになります。この元ネタは(あるんかい!)おそらくBeyerdynamic M160に見られるリボンエレメントで、長く大型のリボンを使用するサイドアドレス型に適用するため改良が加えられています。
Beyerdynamic M260(左)とM160(右)のリボンエレメント。(出典:https://www.soundonsound.com/reviews/golden-gear-beyer-ribbon-mics)
この仕組みは変換効率が高まることで、周波数レスポンスの改善やノイズ・歪の抑制に効果的とされており、AL95でもそのサウンドを決定付ける革新的な技術だと言えます。実際に周波数レスポンスのグラフを見ると、そのフラットなレスポンスに驚きます。20kHzに谷になるポイントがありますが、その上の25kHzにかけては回復しているのもポイント。低域から高域まで、綺麗な周波数レスポンスであることが確認できます。リボンマイクの原理上、低域にかけて現れるはずの共振周波数のピークもどこなのか分からないのはAL95の特徴とも言えますね。
また発生する電気信号が極々小さいリボンマイクでは、出力レベルを大きくするトランスの存在も重大。AL95ではアモルファスコアを用いた自社生産のオーディオトランスが使用されています。アモルファスコアは非結晶構造を呈するため磁気的な損失がきわめて少なく、オーディオトランス用途でも優れた材料です。こだわりの材料を使ったり自社で作ってしまったりと…徹底してマニアックに詰められた設計も、Samar Audio designのリボンマイクが評価される理由の一つだと思います。
AL95の周波数特性。
このように見ていくとOhma WorldとSamar Audio design、この2社のリボンマイクの目指すところや性格の違いなんかも面白いですね。Ohma Worldの話のなかではリボンを張るときにストレッチしたり、共振ポイントをチューニングして張る、などと楽器のように捉えているのが興味深いです。
対してSamar Audio designは、フラットレスポンスを目指している点やリボンの折り方、自社生産のオーディオトランスの採用、技術者による組み立てや調整の精度の高さ、などなど…。音波を精密にセンシングする、計測機器のような方向性を感じます。
このように、ひとえにリボンマイクと言ってもキャラクターは千差万別。その中から自分のイメージに合うリボンマイクを見つけることができれば、心強いことこの上無いでしょう。ここで紹介したブランドの他にも、ROYERやAEAなどを筆頭にリボンマイクを生産しているブランドはたくさんあります。もし迷ったら、簡単に取り外せるスクリーンを交換するだけでマイクサウンドを変えられるOhma Ribbonで試してみるのも良いかもしれませんね。
また、「もっとリボンマイクについて知りたい!」という方はこちらのサンレコさんでの特集も是非ご覧ください。リボンマイクの歴史から使い方、製品レビューまで盛りだくさんの内容です。浪漫溢れるリボンマイクで、あなたも新しい表現手段を手に入れましょう!
Ohma Ribbon、Ohma Condenser、Samar Audio Design各製品はデモ機のご用意があるほか、ご購入検討のお客様を対象にお貸出しも承っております。詳しくはこちらをご一読の上、お近くの販売店、または弊社までお問い合わせください。