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国内外のメジャーアーティストによる、ドームやスタジアム、アリーナなど大規模な会場のコンサートPAや、高品質な収録が可能な大型録音中継車「ODYSSEY」を備えたライブレコーディングなど、ライブシーンにおけるトータルサービスを提供しているヒビノサウンド Div.。レコーディング課では、Dolby Atmosなどイマーシブオーディオの制作にも対応したStudio-Aを2022年にリニューアルオープンし、Dolby Atmos用のモニタースピーカーにはGENELEC 8340Aと8330A、そしてモニターコントローラーにはGRACE design m908が採用されました。
今回はレコーディング課のチーフエンジニアである熊田 好容さんに、イマーシブオーディオの制作環境を作られた経緯とm908の導入理由や印象をインタビュー。加えて、熊田さんの音楽業界でのキャリアや、日本のレコーディングエンジニアとしては初の快挙となるグラミー賞受賞へと繋がる、多くの海外アーティストとの仕事を通じて得た経験についてなど、興味深いお話を伺いました。
そうですね。ヒビノに在籍して30年レコーディングエンジニアをしていますが、その前からスタジオレコーディングやライブレコーディング、ミックスなど、国内だけでなく来日してライブを行う海外のミュージシャンの仕事も多くしていました。
ラリー・カールトンやスティーブ・ルカサーもそうですし、エリック・クラプトンやローリング・ストーンズ、ポール・マッカートニーなど、来日する海外アーティストと仕事をすることが多かったのですが、仕事を通じて知り合うことができると「今度日本に行くけど、この日は空いているか?」って連絡をくれるようになってきたんです。そんなご縁がありながら、色々経験させてもらい修行を積むことができました。
PAのハウス・エンジニアやプロデューサーも同行して日本に来ることもあるのですが、彼らと話していると機材の話も聞くことができるんです。そこで海外の新しい情報を得ることができたので、このスタジオに国内でも割と早くPro Toolsを導入できたり、MADIのシステムもかなり早くから導入することができました。
導入当時のPro Toolsはまだ動作が不安定でしたが、実験的に使うようにしながら慣れていきました。Pro Toolsがレコーディングスタジオで使われるようになった頃は、まだミックスの音に飽和感だったり歪むような質感があったりして、何かしらの対策が必要でしたが、サミングアンプを使ったり、マスタークロックの音の違いもその頃から体験できたことで、少しずつ改善することができました。
当時から仕事をしているレコーディングエンジニアは、そのような出音を改善するために必要な経験を色々とされてきていると思います。今ではPro Toolsもバージョンが上がることで更に改善されましたが、自分も海外のスタッフから得た情報を頼りにシステムが更新するようになってから、出音が気になることもほとんど無くなって、作業しやすくなりましたね。
Pro Toolsを使い始めた頃から、サミングアンプとして使っています。DMX-R100は、名機だったSONY OXFORD OXF-R3のコンソールの技術をフィードバックして作られたのですが、とても出来が良いので、今でも使っているんです。
良さに気が付かずに使っていなかった時期もあって、これも海外のエンジニアから「音が良いから、持っているのなら使いなよ!」って言われて使ってみたら、EQもコンプもとてもナチュラルですごく良かったんです。今でもPro Tools内部で作るよりも、24チャンネルのステムの素材をAESでDMX-R100に入力する方が音が良いので、ずっと使っています。
20年ほど前まで、港区白金の旧ヒビノ本社内にあったウェストレイクスタジオでレコーディングやミックスをしていました。AMEKのアナログコンソールが入っていて、SONY DMX-R100もそのスタジオで導入しました。その頃この場所(港区港南)には映像の編集に使われていた部屋があったのですが、そこをレコーディングスタジオに改装して、ウェストレイクスタジオから移転することになったんです。
ブースも歌や楽器が録れるように改装して、ポップスなどのレコーディングやミックスをしたり、弊社の録音中継車で、ライブ現場へ収録に行って、ここでミックスを行うことも多くしていました。当時は5.1chの需要もあったので、ここでステレオ以外にサラウンドのライブミックスもしていましたね。
ここに移転してから長くDAWコントローラーの(Digidesign) D-Commandをモニターコントローラーとしても使っていましたが、老朽化して具合が良くなくなったので、新しいものに変えようことになりました。その頃ちょうど世の中がDolby Atmosの流れになってきたので、2022年にイマーシブ・オーディオに対応したシステムに更新することになりました。
2chのレコーディングとミックス、5.1chやDolby Atmos Musicのミックスなど、それぞれの仕事に対応できるように、システム設計をしていただいたスタジオイクイプメントの傳田さんに相談しながら、それまでのスタジオのシステムを大幅に変更することがないように作っていただきました。
Pro Tools HDX3とI/OにはAntelope Audio Orion32+を使用し、モニターコントローラーにm908、スピーカーはステレオ用にAmphion One12など、5.1、Dolby Atmos用にGENELEC 8340Aと8330Aを導入しています。
モニターコントローラーを検討することになった時に、オーディオインターフェースにサードパーティー製のコントローラーを加えた組み合わせも考えたのですが、高価だったことと、これまでにGRACE design m905やサラウンドのm906のモニターコントローラーを他のスタジオで何度も使ったことがあって、音が良くて扱いやすい印象があったんです。新しいm908はDolby Atmosにも対応できそうだし、これを使いたいということになりました。
アナログの接続で対応できるように、パッチベイを加えてステレオからイマーシブのフォーマットに都度切り替えて使えるようにしました。デジタル入出力を組むことも考えてみたのですが、アウトボードも使用するので以前のシステムを活かすことが必要だったので、モニター周りはアナログ接続で組んでいます。
7.1.4のミックス作業の時には、ORION32+のアナログ出力を16ch分パッチベイでm908に繋ぐようにして、m908のワークフローも7.1.4用とステレオ、5.1とプログラムのフォーマットに合わせて3つ用意して、プログラムに合わせて都度呼び出して使うようにしています。
使っています。スタジオのスピーカーは7.1.4の作業に合わせて作っているので、スピーカーはフルレンジで出るように設定していますが、5.1chの作業をする時はベースマネージメントが必要になるので、m908側でベースマネージメントを設定しています。先日5.1chの仕事の時にWEBブラウザから設定したのですが、m908RCU(リモートコントローラー)の画面で設定するよりも設定の確認や変更も素早くできます。RCUの画面で行うよりも楽ですね。
入力ソースのサミングができる機能は便利です。元音と聴き比べたり、あとは映像のある仕事でタイムコードが入っていない場合に、映像に入っている音とマルチトラックの音をサミングして聴きながらタイミングを近づけることがしやすくなるので、時間の短縮ができて便利です。
モニターの環境が新しくなってから、再生音で余計な色が付くこともなく、ストレスを感じずに使えるところは良いですね。マスタークロックにAntelope Audio 10M + Isochrone Trinityを使っているのですが、m908のアナログ入力もこのクロックにロックさせています。m908のインターナル・クロックももちろん良いですが、外部のクロックを使うことでまた音の違いが感じられて、より作業しやすい出音で聴けるところは良いですね。
7.1.4の作業をするようになって、考え方が変わりましたね。今では殆ど無くなりましたが、以前はステレオのミックスで音圧合戦をする時期がありましたよね。7.1.4だとスピーカーが沢山あるから、トータルで音圧を抑えるのではなく、スピーカー一個一個に楽器を割り当てるという考え方に変わりました。そうなることで全体の音圧の方向性も出てきますし、今までに無かった上下の音が加わったことで、作品にリアリティが出せるようになりましたね。
例えばこのDolby Atmosの再生環境を家庭に作れるかと言ったら、おそらく殆ど作れないですよね。個人で楽しむには、ヘッドホンやイヤホンで聴く環境が理想だと思います。と考えると、バイノーラルは理想的な技術ですが、その作品を創るためには、このスタジオのようなイマーシブ・オーディオの再生環境が必要なんですよね。
ビジネスで考えると、一般家庭では殆ど7.1.4の再生環境は実現できないので縁が無いのかもしれないですが、スタジオでイマーシブの再生環境が整って作品を制作できるようになったことで、イヤホンやヘッドホンでのバイノーラル環境でイマーシブの作品を聴けるようになったことは良いことだと思います。1970-80年代の作品も、イマーシブ・オーディオでミックスすることで、こんな広がりのある音で聴けるんだっていう面白みがあります。
5.1chや7.1chはスピーカーの配置も再生される音も広がりは水平までとなりますが、7.1chの四方八方の広がりに上下に加わって7.1.4になることで、自然界により近づきますよね。例えば鳥の鳴き声が上から聴こえたり、ジェット機が上で通過するように聴こえたら自然ですよね。と考えると、イマーシブはより現実的なリスニング環境になってきたのかな、と思います。
例えば7.1.4のライブミックスは、会場の響きに臨場感が出ることで、没入感を作ることができますが、それを聴いたあとにステレオミックスを聴くと、びっくりするくらい平面的に感じますよね。5.1chや7.1chと比べてもイマーシブの上の音が再生できることによって、より自然界の現実な環境に感じることができると思います。
協力:株式会社スタジオイクイプメント