クリエイティブな音楽機材の
メディアサイト
近年のライブサウンドは、デジタルコンソールの進化によってワイドレンジで高品位な音作りが可能になった一方で、デジタルだけでは得られないアナログならではのナチュラルな質感、豊かな倍音による存在感のあるサウンドを求める声も多く、アナログアウトボードを積極的に活用する現場も増えています。
今回、株式会社サンフォニックスのFOHエンジニアの佐川 夏彦さんに、WesAudioのアナログの質感とデジタルの利便性を備えたコンプレッサー ngBusComp と ng76 を実際のライブ現場で試用していただき、デジタルコンソールとの組み合わせによる使用感やサウンドの印象と音作りへの影響などについて詳しく伺いました。
佐川 夏彦
![]()
2000年より株式会社 サンフォニックス勤務
2007年よりビルボードライブ東京のPAチーフとして内外様々なアーティストのオペレートを担当。
過去から現在にかけて担当したアーティスト;KIRINJI、細野晴臣、大橋トリオ、Chara、吉澤嘉代子、cinema staff、Little Creatures、さユり、阿部真央、高田漣、大貫妙子、Hana Hope、鈴木茂 等々
株式会社 サンフォニックス https://sunphonix.jp/
ライブコンソールはメーカーごとにサウンドの傾向が異なると感じているので、使用する現場や音楽ジャンルなどによって選択肢を持つ様にしています。例えば、あるメーカーのコンソールは豊かなミッドの存在感から、ロックなどの音圧感を感じさせたいアーティストの現場で、 別のメーカーは広いレンジを持ち、高域までクリアに再現できることから、繊細な音作りが求められるようなライブに適していると個人的には思っています。
ヨーロッパのコンソールメーカーに関しては、WesAudio製品でも感じられた堅牢な設計と高品質な音という印象です。コンソールを含む各機材のキャラクターを理解し、ジャンルや演出の方向性を明確にした上で最適な機材を選定することが、良いPAにつながると考えています。
アナログ卓時代から比べると全チャンネルにコンプレッサーが付いているので便利にはなりましたが、音の質感やキャラクターを作り込むような形で実装していないかと思っています。なので、多くのエンジニアがプラグインも併用して音作りを行っています。私自身も実機のプラグインモデルを一通り試しましたが、(シミュレートしたものに関しては)ニュアンスは実機に似せてよく作られていると感じます。ただ、やはり元になった実機の良い機材を厳選して現場に持ち込む方が本来の形かなと思います。
演奏やミックスの精度が高ければ、トータルコンプを使用せずにミックスバランスだけで十分な仕上がりになることがありますが、必要に応じて活用することで、全体のまとまりや音圧を上げることができます。
エンジニアによって音作りの考え方は分かれますね。生演奏のダイナミズムを損なうことを懸念して、トータルコンプを避ける方もいれば、コンプを熟知したエンジニアであれば、逆にダイナミズムを生かすために積極的に使用するケースもあります。
私が現場で実機のトータルコンプを使用する際は、ミックスにアナログ的なニュアンスをつける目的でNEVE 33609を使っています。また、コンプを掛けずにトランスの質感を加える目的で、マリンエアのトランスボックスを通すこともあります。
同じアーティストの同じライブでも、エンジニアによって音作りのアプローチは異なると思いますが、重要なのは、現場の状況や音楽ジャンルに合わせた適切な判断だと思います。
コンソールの隣にセッティングされているng76はボーカル、ngBusCompはトータルコンプとして使われた
コンサートホールで行われた歌モノのアコースティックライブでした。ngBusCompはデジタルコンソールのトータルコンプとして、ng76はボーカルに使用しました。
デジタルコンソールのトータルコンプとしてngBusCompを使うことで、アナログのアウトボードならではの"演奏が締まってツヤが出る"サウンドが得られました。
ビンテージのアウトボードを使用する場合、機材のコンプレッション方式によってはレンジが狭くコンプの掛かり具合がナローになることがあるので、意識的に少し派手めに音作りをすることもありますが、ngBusCompはミッドの存在感がしっかりと出て輪郭も太くなって、"モダンで新しい音"になります。また、アタックやリリースのパラメーターが効きやすく、各設定の違いも明確に判断できました。
アタックやリリースなどの設定は同一で決めて、ピーク時で4dBくらいの軽めのリダクションを基本としながら、THDとトランス(IRONモード)による倍音の設定をどちらも使わないナチュラルな質感、それぞれ浅めに加えた設定、そして深めに加えた設定の3つをA/B/Cスイッチに分けて比較しながら設定を詰めました。
THDとIRON PADの設定による質感の違いをA/B/Cスイッチで比較しながら、最適な設定を追い込む
ngBusCompの二次倍音、三次倍音をそれぞれ可変で加えられるところは、ライブの音作りにおいても効果がかなり得られるので非常に魅力的だと感じました。
また本体のA/B/Cスイッチで3つの設定を比較ができるところは、現場で短時間に設定を比較して追い込めるので便利だと思いました。今回はPCに接続せずに使用しましたが、PCに接続すれば、過去に作成した複数の設定の中から最適なものを呼び出して、より細かい微調整が可能になります。
今回はナチュラルな質感を採用しましたが、お客さんが入ると会場の反射が抑えられることで、PAのサウンドがさらに落ち着いて聴こえるので、敢えて倍音を加えて少し派手めの設定にする、という選択肢もありますね。
かつてアナログコンソールの時代は、50Hz以下の低域の再生が難しいという事もありましたが、現在のライブシーンではスピーカーの進化により40Hz以下も重要な要素となりましたし、高域のレンジも広がっています。ngBusCompを使用することで、その現代のレンジ感を保ちながら、アナログの質感とコンプレッションで音作りができると感じました。
昔のコンプレッサーはオプティカル、VCA、FETなど、タイプごとにパラメーターも異なり、掛かり具合にも特徴がありましたが、ngBusCompはアタックが早めるとハードニーのように感じて、アタックやリリースも遅めにするとソフトに感じました。THDとトランスの加え具合によって、質感だけでなくコンプのニュアンスも変わって、これまでのVCAコンプレッサーよりも掛かり具合の幅が広く感じたのかもしれません。
今回のアコースティックの編成のライブで試してみた限り、とても良い結果を得られたと思います。変に潰れてしまうようなこともなく、アコースティカルな部分が失われるようなことも全く感じませんでした。
アナログハードウェアを普段から使っている年配のエンジニアの方でも、使いやすく感じると思いますね。3Uのサイズとツマミの大きさも、ライブで使っていて安心感があります。
ロータリーエンコーダーや自照式スイッチ、メーターのサイズやレイアウトは、人間工学(エルゴノミクス)を重視して設計されている
ng76はUREI 1176のように使ってみようと思い、ボーカルに使ってみました。卓内蔵のコンプと比較してみましたが、存在感が加わってかなり良くなりましたね。VINTAGEとMODERNの両モードを試したうえで、今回は全体のサウンドをモダンなイメージで仕上げていたため、MODERNを選びましたが、質感やコンプレッションのニュアンスに違いがあり、状況に応じた音作りが可能だと感じました。アタックやリリースの効きも非常にわかりやすく、操作性の面でも好印象です。
さらに、デジタルコンソール内蔵のコンプでは難しい、コンプでアナログ特有の歪みを加えたり、ギターのサスティーンをコントロールするといったペダルのコンプで使うような掛け方もできます。アコースティックギターでも試してみたかったですね。
プラグインでも楽器にコンプを掛ける場合、曲やバンドごとに作ったパラメーターをスナップショットで呼び出して使うことがあります。ngBusCompやng76のようなアナログハードウェアでもMIDIプログラムチェンジを利用することで、卓のスナップショットと連携して設定しておいたパラメーターをリコールできるのはとても便利ですね。自分の持ち回り用として使う場合は、担当しているアーティストのツアーごとに設定を覚えさせておけば、便利に使えそうです。
近年のライブエンジニアリングの形として、デジタル卓と付随するプラグインでの音作りがベースになっていると思います。音作りの付加価値として使用するプラグインは、原音をデジタル処理にてシミュレートしたものと理解していますが、ng76やngBusCompの様な実機は固有のシステムの専用機として使用できると思っています。また個性的なキャラクターが音楽的なミックスの助けとなってくれるので、ここぞというポイントで使用してミックスを捉え直す良い基軸となると思っています。
例えば、出音への拘りからアナログアウトボードを積極的に使って音を作るPA会社もあれば、アウトボードを全く使わず、デジタルコンソールとスピーカーに拘って良い音を作るPA会社もあって、良い音作りへのアプローチはそれぞれ異なると思いますが、コンソールやスピーカーを良いものに新たに一式揃えようとすると、1000万円~億単位でコストも掛かってきます。でも、アウトボードの場合、トータルコンプの一台だけでも出音が圧倒的に良くなる可能性があるので、費用対効果は高く感じます。
作品として残るスタジオレコーディングと比較すると、ライブPAはこれまで時間や設備的な制約などの理由で、出音の細やかな質感に対する追い込みは限定的になる事も多々ありますが、常に会場のお客さんに感動してもらうことを目指して音を作りたいと思っています。今回のように、最終段にngBusCompを使うことで、質感やコンプの表情を加える余地ができて、トータルで理想的な音作りができるのは嬉しいですよね。
特に今回はミックスの作業を短時間で済ませて、その分トータルのサウンドのニュアンスをどう仕上げるかに時間を掛けることができましたが、ngBusCompを通すことで完成したと感じました。
WesAudio ngBusComp 製品ページ:https://umbrella-company.jp/products/ngbuscomp/
WesAudio ng76 製品ページ:https://umbrella-company.jp/products/ng76/
WesAudio ブランドページ:https://umbrella-company.jp/brand/wesaudio/
WesAudio製品はデモ機をご用意しております。ご興味のある方は、お近くの販売店、または弊社までお問い合わせください。 デモ機のお貸出詳細:https://umbrella-company.jp/demonstration/