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Recording プロオーディオ

GRACE design m908 サラウンド/マルチチャンネル・モニターコントローラー 開発インタビュー

GRACE design m908 開発インタビュー

GRACE design社が2019年末に発売を開始した"m908"は、あらゆるイマーシブ環境に対応できるフレキシブル性と、その圧倒的なリファレンス音質、人間工学に基づいたコントローラの使いやすさなど、様々なアドバンテージが認められ国内外のスタジオに多数導入されています。2023年にはシステムファームウェアがV2.1へと進化、新たにWEBコントロールにも対応しました。マルチチャンネルフォーマットでの作業が増加する昨今において、さらに導入が急増している最高品位のサラウンドモニターコントローラーです。

今回、GRACE design社の創業者であり、世界で最も優れたオーディオ回路設計技術者であるマイケル・グレース氏に、m908の開発ストーリーや、回路設計などの技術的なアプローチについて日本独占インタビューを行いました。

 

「プロフェッショナルのために作られた」と感じられる製品。

──m908はどんなコンセプトで製品開発を行いましたか?

マイケル・グレース(以下MG):Grace Designはm906 5.1サラウンドモニターコントローラーを2000年代初頭にリリースしました。その頃映画や放送でのオーディオは5.1chが標準でしたが、やがて映画のサウンドエンジニアはしばしば7.1、またはそれ以上のチャンネル数をリクエストするようになりました。一時期は2台のm906をシンクさせて12チャンネルをプレイバックするようなやり方もありましたが、より多くのチャンネル数の需要の高まりを感じていたので、製品をすぐにアップデートする必要があると理解していました。 m906の後継機種の開発に着手したのは、ちょうどイマーシブ・オーディオが現実味を帯び始めた時期でした。当初は既存の設計にいくつかチャンネルを追加することからスタートしましたが、ときには22-24チャンネルにまで達するイマーシブ・フォーマットのワークフローに対応できるような製品へとシフトしていきました。幸運なことに私たちはイマーシブ・オーディオの最先端にいるプロフェッショナルと親密にコミュニケーションを取ることが出来たので、重要な機能の追加や変更をスムーズに行えたのです。この開発はまだ発展途上の業界のために製品を設計するという、非常に驚くべき旅路となりました。このようなプロセスによって、私たちはまさしく「プロフェッショナルのために作られた」と感じられる製品を設計できたのです。

──だからこそ、機能を自由にカスタマイズできるDSPベースでの設計になったのですね。DSPチャンネルを24チャンネルにした理由を教えてください。

MG:m908には最大限の柔軟性を持たせたかったのです。スタジオには2.0から9.3.6まで多様なスピーカー構成が存在しています。これらのシステム全てに十分なチャンネルを確保し、かつトークバック、CUE、ヘッドホンモニターに使用できるチャンネルも用意したいと考えていたのです。

──他社製品と比較して優れている点、m908を採用するメリットを教えてください。

MG:m908は、サラウンド/イマーシブモニターコントローラーとして私達が提唱する理想的な形と機能を備えています。m908より下の価格レンジのユニットの殆どは、機能とオーディオ性能が不足していると感じます。m908の性能に匹敵する主な競合機種は、AVID MTRXシステムとDAD MOMコントロール、またはAVID Sシリーズコントロールサーフェスのいずれかでしょう。これらのシステムは非常にパワフルですが、m908は構成やオペレーションが極めてシンプルであるだけでなく、サウンドクオリティが間違いなく良いと感じられるでしょう。 またm908のリモートコントロールユニットは人間工学に基づいた設計で最高の体験を提供し、Web UIとコンフィギュレーションのための新しいv2ファームウェアにより更に使いやすくなっています。 また、AVID MTRXシステムをm908のI/O構成と同じ仕様にするなら、おそらく2倍近くコストがかかると思います。

 

複雑なセットアップや設定/調整を簡単に行えるWEB UI。

──Version2.1から、全ての設定をMacやWindowsのWEBブラウザ上から行るようになりました。一度に表示できる情報量が増え、セッティングの作業効率が大幅に向上しました。どのようなことを意識してWEB UIを作りましたか?

MG:ありがとう、まさに聞いてもらいたかったところです。WEB UIでは複雑なセットアップや設定/調整をもっと簡単に行えるようになり、新しいルーティングマトリックスにより、m908で利用できる全てのI/Oを視覚化し、調整を行えますが、Web UIを作る上で私達が意識したことは膨大です。現代では、ユーザーは優れたデザインを持つ効率的なWEB UIにたくさん触れているので、このことを常に念頭に置き、気が利いていて直感的なデザインにする必要があると考えました。 まずはコントロールスクリーンです。ユーザーが主な制御方法を簡単に理解できるよう、ハードウェアのRCUとおなじようなグラフィックにしたいと考えましたが、同時に単なるハードウェアの再現に縛られたくありませんでした。ハードウェアをそのまま再現しようとしたUIは物理的な再現がマッチしない事が多く、フラストレーションにつながることがあります。例えばマウスでノブを回すのは変なので、スピーカーとヘッドホンの制御にはフェーダースタイルのコントロールを使うことにしました。その他のコントロールはRCUを再現していますが、スクリーン上での動作のため最適化されています。

次に私たちは、スライダーやボタン、プルダウンメニューなど全ての設定するパラメーターが明確に表示され、簡単に調整できることに力を入れました。ここで目指したのは、既にm908を使ったことがあるユーザーなら、WEB UIを開いてチュートリアルなしに快適に使えるようにすることです。

最後に、WEB UIは大きなデスクトップモニターから小さなスマートフォンの画面まで、全ての環境で使える必要があります。UIをデザインした私達のデザイナー/エンジニアのEric Princenが素晴らしい仕事を行ってくれたおかげで、どんなスクリーンでもスムーズに表示されるようになりました。

──A/B/Cボタンはとても便利な機能です。まだ活用していないユーザーもいるかもしれません。どのような使い方をおすすめしますか?

MG:A/B/Cボタンは「ユーザースイッチ」として、ユーザーに応じて特定の機能を割り当てられるようになっています。1つのボタンで特定の機能をすぐに呼び出せるので、ワークフローの合理化に繋がります。 例えばDownmixはどうでしょう。ユーザースイッチの機能をDownmixのテンプレートへ設定することで、そのスイッチでDownmix設定のオンオフを切り替えられます。A/B/C全てを異なる3つのDownmix設定に割当も可能です。 ユーザースイッチをトークバックマイク(RCU内蔵のもの、もしくは外部マイク)の起動へも割り当てられます。この追加のトークバック信号は利用可能な全てのCUEチャンネルへルーティングできるので、プロデューサーやセカンドエンジニアが特定のCUEチャンネルへ全く異なるトークバックシステムを持つことと同じになるのです。 またユーザースイッチはm908の4つのGPIOピンから利用可能なGPIO機能のどれかを制御するように設定できます。これらのピンはm908のリアパネルにあるいくつかの入力と出力を介して接続されます。一般的には、これらのGPIO機能をつかうことで、A/B/Cスイッチで外部機器の機能を制御が可能になります。例えばAVID S6コントロールサーフェスのミュート、dim、モノラル、トランスポート機能などが挙げられます。 ユーザースイッチへ割り当てられる他の機能としては、Bass Managementのオンオフがあります。特定のスピーカーシステムにプログラムした全てのBass Management設定のオンオフが切り替えられるのです。 そして最後に、ユーザースイッチはCUEインプットミュートにも割当が可能で、設定したCUE経路のいずれかの入力をミュートが出来ます。この機能はCUEの出力はミュートしないため、トークバック信号やMON>CUEはそのまま機能しますが、入力する音声はそのままミュートされます。

 

最高レベルの信頼性を提供する必要があると考えている。

──RCUのパネルのレイアウトや設定のしやすさなど、とても考えて作られており、日本国内でもその扱いやすさが作業効率の向上に貢献していると好評です。設計する上でこだわった点を教えてください。

MG:そう言ってもらえてとても嬉しいです。m908のRCUのデザインは、人間工学に基づいた優れたデザインで称賛を受けたステレオモニターコントローラー、m905をベースとしています。同じシャーシデザインを採用し、左側に大型LCDと入力セレクトスイッチ、その下にボリュームノブと各種モニター機能のスイッチを配置しています。m908での違いは、ボリュームコントロールの右側に"SOLO/MUTE"と”USER"スイッチのバンクが追加されていることです。 m908 RCUでは手に触れたときの感触にもこだわりました。スイッチの押し心地や、ボリュームコントロールのノブも快適な操作性を提供しています。大型のLCDスクリーンには、システム内の全てのスピーカー表示するアイコン画面があり、エンジニアが必要とするステータス情報が全て表示されます。またスピーカーのアイコンにはレベルメーターも表示され、色で状態を表してくれます。

──m908で採用されている第4世代のs-Lock PLLについて、説明してください。

MG:第4世代s-Lockクロックは Skyworks Si5342 clock synthesizerをベースとしています。このフェーズロックループは極限まで低いジッター(90fs rms, 100-20MHz)が特徴です。0.5Hzの狭いループ帯域で動作しておりワードクロック、AES、ADAT、DANTEからのジッターを検出不可能な領域まで排除しています。

──m908の筺体、そのマテリアル、そしてデザインについて教えてください。

MG:m908のエンクロージャはアルミニウム製です。アルミニウムは高周波のシールディングに最も優れており、これにより不要なRFI(無線周波数帯域の電磁波ノイズ)がm908へ侵入するのを防ぎます。更に外部干渉を引き起こす高周波クロックノイズの侵入もブロックします。

──m908はGRACE design製品で初めて採用された電源のリダンダント機能について、その採用理由について教えてください。

MG:パワーサプライの設計は改良され、小型で軽量でありながら低ノイズのパフォーマンスを実現しています。大型の電源トランスフォーマーを必要とする設計から離れることで、これまでのハーフラックサイズのエンクロージャにデュアル電源を搭載することが可能になりました。 これは私達にとってもエキサイティングな変更でした!なぜなら、m908のような製品は大規模な施設で、大きな予算で重要な締め切りをもつプロジェクトで使用されることが多いため、最高レベルの信頼性を提供する必要があると考えたからです。パワーサプライのデュアル/ リダンダント化は、m908の信頼性を最大限高めるための方法の一つと言えます。片方のパワーサプライに不具合が生じても、もう片方のリカバーによりm908は完全に動作するため、高価なオーケストラやプロデューサーとの制作セッションが、私達の機材のせいで止まってしまうことは無いはずです。

──m908のRoom EQはIIR、FIRのどちらのフィルターを採用していますか?採用された理由についても教えてください。

MG:m908はIIRフィルターを採用しています。IIRフィルターは位相と周波数特性が自然な関係性を持っています。例えばコントロールルームの音響特性にあるピークを修正する際には、自然なフェイズシフトも必要です。IIRフィルターでピークを修正すれば、システム全体の位相特性が適切に復元されるのです。またIIRはFIRに比べてレイテンシーが非常に小さく、これはm908をレコーディング目的で使う際には重要です。

 

完全なトランスペアレント・サウンドのためのパワフルな設計。

──Bass managementやRoom EQ、 Input sync delay、 Speaker channel delayも装備しモニター周りの必要な調整はm908だけで完結できます。これだけの管理を全てのチャンネルにわたって統率するためには相当パワフルな処理が必要だと思います。どのようなプロセッサーを採用していますか?また内部処理は何Bit / 何Hzで動作してるのでしょうか?

MG:m908はオーディオ処理に2つのメインチップを使っています。 全てのシグナルのルーティング、AESエンコーディング/デコーディング、ADATエンコーディング/レコーディング、インプットサミング、クロックマネジメントを行うのがXylinx Artix 7 FPGA(Field-Programmable Gate Array)です。 フォーマットによる制限から24bitを最大とするAES, Digilink, ADAT IOを除き、FPGAのシグナルパスは全て32bitとなっています。全てのADC, DAC, Dante, Ravennaは32 bitのデータを受け取ります。 もう一つは、Texas Instruments K2G 1GHz DSPプロセッサー。これは64 bitのアキュームレーターを備えており、1GBのDDR3メモリーを従えて、ボリュームコントロール、ダウンミキシング、ディレイ、ルームEQ、Bass Managementを制御しています。24チャンネルDSPで32 bitのインアウトを備えます。Room EQとBass Managementフィルターは全て32 bit固定小数点で処理されます。

──音声信号を扱う上ではDACの回路性能も重要です。DACチップは何を採用していますか?DACチップ以降のアナログ回路では、どんな工夫や配慮がありますか?

MG:m908のDACはESS ES9028PROをベースとしています。これは非常に高パフォーマンスなDACで、125dB以上の出力ダイナミックレンジと、-118dBのTHD+Nをm908にもたらしています。m908は全てデジタルのボリュームコントロールとなるため、非常に高性能なDACが必要でした。実際のモニタリングを想定し30dBのヘッドルームをとったシステムでのリファレンスレベル -30dBFS を考えてみます。この条件下でモニタリングした場合、DACノイズは-95dBであり、歪みはノイズレベルを十分に下回るためDACにおける不要な成分は人の耳では到底検知できません。 DACの優れたリニアリティによりES9028PROに続くアナログ回路は、1つのみのアンプステージで構成されています。またダイレクトカップリングとなっており、信号経路にコンデンサーはありません。完全なトランスペアレント・サウンドのためにミニマルな設計を貫きました。

──同様にADCについても高い性能が求められます、ADCチップは何を採用していますか?ADCチップまでのアナログ回路では、どんな工夫や配慮がありますか?

MG:m908のADC、DAC、Dante、RavennaオプションにはAKM 5578 8 channel ADCが使用されています。AK5578は 32bitのADCでダイナミックレンジは120dB以上、THD+N<108dBです。このため最大限の透明性が重要視されるモニターコントローラーに最適です。 ADCチップはそこに入力されるアナログ回路とサンプルクロックによって、性能を発揮することが出来ます。そのためm908のADCではアナログ入力回路の最適化に多くの時間を費やしました。ADCのインプットはインプットバッファーとADCドライバーの2つのステージで構成されています。入力にはDCブロッキングキャパシターがあり、望まないDCオフセットが入ってこないようにADCを保護します。これによりデジタル信号にはDCが含まれず、ヘッドルームが失われないことを確実にしています。これらはドイツ製のフィルムキャパシタを採用しており、電解コンデンサーのように劣化することはありません。

──電源モジュールPCBは新しい設計になりました、どのように進化しましたか?

MG:m908のパワーサプライは4つの電圧出力を持つスイッチング電源ボードを2枚を搭載しています。これらのサプライは単独でもm908に電源を供給することができます。そのため、万が一電源ボードの片方が故障しても、もう一方がオペレーションを継続させます。また、PSU内のマイクロプロセッサが8つのボルテージレール全てを監視し、電圧に異変がみられた場合、m908へエラーを報告します。

 

あらゆるイマーシブ・オーディオ環境に導入されているm908。

──海外でm908はどのような現場で使われていますか?

MG:聞いてくれてありがとう!Skywalker Sound, Air Studio,Real World Studiosを含むたくさんの著名なスタジオにm908はインストールされています。 さらに、このような大規模なスタジオに重宝されているのに加えて、クライアントからイマーシブ・オーディオを求められるインディペンデントなミックスエンジニアたちにもm908は受け入れられています。このようなユーザーたちは、小規模なワークスペースで大量のルーム補正EQを使用するといった、1台で必要なことが全て行えるというところを重宝してくれているようです。 m908のクールなユーザーとしては、ゲームデベロッパーたちもいます。Epic Gamesを始めとするアメリカの大手ゲーム会社たちに、たくさんのユニットを出荷しています。昨今のゲーム作品では、サウンドトラックやサウンドデザイン、効果音にイマーシブ・オーディオを適用することが多くなっていることを考えると、納得がいきます。 m908はシンプルな「プラグ・アンド・プレイ」の製品のため、これらの企業は複数の部屋、ときには複数の施設をまたがって素早く効率的に導入が出来るのです。 つまりm908は最大規模のワールドクラスな施設から、7.1.4ワークフロー用にセットアップされた小さな個人スタジオに至るまで、あらゆる環境で導入されています。

①ピーター・ガブリエル所有の「REAL WORLD STUDIOS」②ルーカスフィルム「スカイウォーカー・サウンド」に設置されたm908 ③株式会社IMAGICAエンタテインメントメディアサービス「汐留サウンドスタジオ」④ m908はNAMM TECH AWARDを受賞した。

 

──現場に多く導入されるようになって感じた、m908がユーザーから評価されている点を教えてください。

MG:私達が受け取るフィードバックで最も多いのは、m908は最高!ということです。優れたデザインのリモコンをハードウェアとして持つということは、本当に大きな違いとなります。競合する製品には、人間工学に基づいた機能的で、使い心地を重視したものはありません。もちろんディテールやニュアンスを失わず、完璧に再現できるオーディオクオリティも高く評価されています。 複雑なミックスも、m908の明瞭さとディテールがあれば簡単に行えるのです。最後に、m908は非常に信頼性の高い製品だという声も頂いています。大きな予算とタイトなスケジュールで動くプロフェッショナルにとって、これはとても重要なことです。

GRACE design社のスタジオ

 

──発売から数年経った現在の市場において、m908はどんな点が特別に感じますか。

MG:聞いてくれてありがとう!m908のコンセプトについて語った内容のように、m908を特別にしているのは映画、放送、音楽といったイマーシブ・オーディオに取り組むプロフェッショナルのために専用設計を行ったということです。他の競合するシステムでも同じ機能を設定することは可能だとは思いますが、より多くの部品と複雑で高価なセットアップが必要になるでしょう。 m908ではどんなオーディオエンジニアや施設でも、箱から取り出し接続するだけで、その日の午後の内には必要な殆どの設定を行うことができるはずです。まさに「プラグ・アンド・プレイ」なのです。その上、m908から送られてくるオーディオのパフォーマンスは間違いなくワールドクラスであると、プロフェッショナルの方たちには確信してもらえると思います。

★ GRACE design m908 日本語製品ページ https://umbrella-company.jp/gracedesign-m908.html

 

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