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ここに挙げた性能を発揮するためには電源回路や実装技術も大切な要素です。スペック通りの性能を引き出す回路設計はとても重要なのです。
各部回路に使用されている抵抗器に関しても誤差0.5%の精密級のものが使用されています。抵抗値の誤差はゲインの設定値や同相ノイズを除去する能力に直結します、静的な特性はもちろん、温度変化に対しても安定した性能となる金属皮膜抵抗器を採用しております。温度変化は他の要因が及ぼす影響に比べるとひじょうにゆっくりした変化ですが、長期的な動作を見れば信号波形を乱す歪だと言えます。このような微小な事象も排除してく姿勢には、設計者であるMichael Graceのサーキットデザインへのこだわりが現れています。
入力のコンデンサはDCがかからないリボンやムービングコイル方式のマイクロホンを使用する場合は必ずしも入れる必要はなく、パスする事でより低い周波数まで位相の変移が少なくよりフォーカスされたローエンドが再生されます。m101ではそれを実現できるRibbon Modeというモードを搭載しています。Ribbon Modeでは同時に入力インピーダンスが20kオームと高めに設定されますので、低感度のリボンマイクの信号もロスなく扱う事ができるのです。出力アンプのゲインも含めるとトータルで+75dBが最大のゲインですのでマイクの中でも微弱で繊細なリボンマイクであっても正しくセンシングし増幅が可能となります。API500互換のm501
まず、フラットな周波数特性はもちろん重要です。通常スペックとして表記される測定条件である-3dBをロールオフとした場合、GRACE design m101は 4.5Hz~390kHzで一般に可聴帯域とされる20Hz~20kHzを桁を超えてカバーしています。測定条件の精度を高め-0.5dBをロールオフとした場合でも10.5Hz~140kHzと優れたフラット特性を持ち、静的な特性としての周波数特性が十分すぎる性能を持っていることがわかります。
それと並ぶくらい重要なステータスに「周波数対位相変移特性」というものがあります。これは位相の変移(位相が進む、遅れる)を周波数毎に表したものですが、増幅の動的な部分にも絡んでくるとても重要なステータスです。すべての音はフーリエ級数変換(複雑な周期関数や周期信号を、単純な形の周期性をもつ関数の(無限の)和によって表す方法である。←Wikiより引用、詳しくはこちらもご参照ください)により正弦波の和に分解できます。ある帯域で位相が進む、遅れるなどの変移があればその帯域の正弦波は発音のタイミングが進んだり、遅れたりオリジナルの信号とは異なった性質を持つようになります。この事が倍音構成を乱す要因であり波形を変化させるのです。この時、単純に位相の変移だけであればエネルギー量としての周波数特性に変化はありませんので、いくらf特がフラットでも位相変移に乱れがある可能性は十分にあります(またその逆のケースもあります)。ここまで管理され設計されたマイクプリアンプは大変「特別」なものだと言って良いでしょう。そしてそのスペック値50Hz~25kHzで6°未満という高い次元でクリアしている事もお分かり頂けると思います。これだけ利点が並んだら万能とも思えるGRACE design m101にも苦手な部分はあります。例えばサチュレーションや歪によりパンチ感を強調するような、音の印象を積極的に変えるサウンドでは他のマイクプリアンプの方が適するかもしれません。またレンジを絞った方が音楽的に聴こえるディストーションギターなどには合わないかもしれません。ただし、先述したプラグインを併せて使用すればサウンドメイキングはDAWに録音してからでもできてしまいますので、クリーンに録音しておいて後で歪ませるような手法もアリだと思います。
また、忠実にサウンドを捉える事ができるためマイキングがとてもシビアで、演奏に対してもごまかしが効きません。これは欠点でもあり最大の長所でもあると思います。マイキングテクニックを研究したい、演奏の腕を磨きあげたいとご購入いただいた方も多くいらっしゃいます。ご参考までにGolden Age ProjectのPRE-73 MK2と測定データの比較をしてみたいと思います。
Golden Age ProjectのPRE-73 MK2はNEVE 1073のサウンドを低価格でお届けするために設計されたヴィンテージスタイルのマイクプリアンプです。トランスバランスの入出力、パイポーラトランジスタによるディスクリート構成、1073と同様のA級バイアス増幅回路の設計になっています。GRACE design M101のサウンドとは対極に位置するプリアンプですので比較の対象としては面白い相手だと思います。 THD+N vs FREQUENCYというタイトルのグラフです。測定条件は-40dBuで入力し+54dBのゲインセッティングで+14dBuで出力させています。測定器の入力インピーダンスは100kオーム。正弦波を入力し10Hz~30kHzのスイープで測定しました。それでは見ていきましょう。見やすくするために縦軸を拡大しました。10Hzまでほぼフラットに伸びています。リボンマイクは起電力が小さくオーディオトランスによる昇圧を行い出力されます。トランス大きさの制限から低域のロールオフはもっと高いところから始まりますがRIBBONモードを使用する事でローエンドのクリアさ輪郭に違いが見られます。RIBBONモードはリボンマイクに限らずSM57などムービングコイルでも使用できますのでぜひお試しください。
中域はどちらも綺麗にフラットになっているのが分かります。高域を見ると黄色のPRE-73 MK2のラインは10kHzから上昇し始め30kHzでは約1dBレベルが増加しています。とはいえ1dBですしQも低いので変な癖には感じません。これは出力トランスの特性によるものですが、グラフは測定器の入力インピーダンスは100kオームでの結果です。実際オーディオ機器のライン入力に接続したときはフラットになるように設計されています。トランスは電流の変化を磁束の変化に置き換え再び電流の変化に変換し、電気的な絶縁を行います。変化を捉え変換しているので変化速度の遅い低周波数では限界が生じたり、高周波数では巻き線間の結合容量、巻き線や負荷のインピーダンスの影響で感度の低下やピークを作ります、補償ネットワークや負荷インピーダンスで補正しサウンドを決定しています。ですので使用するマイクロホンの出力インピーダンスや後段に接続する機器の入力インピーダンスにより特性が変わり、それらも音の質感を決める要素となります。M101は出力回路の駆動力が高く接続する物に左右されませんので使用するマイクロホンに関わらずフラットを保ち安定したパフォーマンスが得られます。 歪率の特性を見ると大きく異なる特徴がでている事が分かります。ゲイン+54dB 500倍ともなる使用において緑ラインのm101は全体域で0.005%の低歪率をキープしています。通常1kHz前後を最小として低域や高域では歪が増える形が多く見られますがm101は特殊な結果を見せました。低域の歪の増加は入力や出力にトランスを持つ機器であればトランスが、それを使わない機器ではシグナルパスのコンデンサが大きく支配します。高域の歪は増幅回路の追従性のスピードがポイントになります。M101は増幅度を決定するセクションを含めシグナルパスには歪の多い電解コンデンサを使用していません、コンデンサもどうしても外せないファンタム電源のDCカットのためにプリプロピレンフィルムコンデンサを使用していますが、ここだけです。直流電位の安定を高める事、DCサーボ回路によるオフセットの打ち消しでコンデンサの排除を実現させています。また、カレントフィードバック方式で広帯域、高スルーレイトのICを使用したデザインにより波形の変化を抑え全体域にわたる低歪特性を達成しています。もちろん電源回路や実装技術も重要な要素です。このように透明で高解像度のM101のサウンドは計測データからも読み取る事ができます。 一方赤ラインのPRE-73 MK2の歪特性はグラフから入出力のトランスの影響が強く現れている事が分かります。変換効率や磁気飽和の影響で低周波帯では歪の増加を見せています。高い方は増幅回路の反応スピードによる所が支配的となっています。電気的には嫌われる歪、違う言い方では倍音と呼ぶ事もできます。この倍音は音の特徴を決定する要素として大きな影響力を持っています。倍音の量だけではなく、倍音の構成や基本波の周波数による変化も重要です。それが視覚的に確認できるFFTアナライザでの観測データも見ていきましょう。ゲインが+64dBという測定条件も重要ですので書き加えておきます。
PRE-73 MK2は1kHz(入力信号)の基本波以外に2次倍音、3次倍音が大きく、4次、5次、6次の高次倍音まではっきりと確認する事ができます、なかなかバランスの良い倍音構成ではないでしょうか。増幅回路の非直線歪、トランスの磁気飽和による倍音、それぞれの傾向は出ていると判断できます。 FFT解析の結果を見るとM101は1kHz(入力信号)意外には、ほんの僅かに2kHzに反応が見られますグラフから約-84dBuと読み取れます。基本波に対しての差は108dBで、この2次倍音以外の倍音はグラフから読み取ることはできません。このように、ひじょうに低歪率だという事が良く分かります。 先ほど、周波数特性のグラフでどちらもフラットに測定できた中域(1kHz)であってもこれだけ倍音の付き方に違いが見られます。周波数特性には現れない量の倍音やその構成までもはっきり解析できる、FFTは面白いです。 倍音のツノ以外は-100dBu付近の値でほぼ均一にエネルギーが観測できますがこれはホワイトノイズ成分だと判断できます。理想的な増幅素子でない限りノイズが-∞とはいきません。PRE-73 MK2は最前段にオーディオトランスによる昇圧効果を利用しホワイトノイズの発生なしに十数dBのゲインを追加しています。トランスを通りますので歪(倍音)の発生はついてきますがローノイズ化にはとってはとても有効な手段です。一方M101はシグナルパスにトランスは使っていません、これは歪の発生、周波数帯域の制限から解放するため、これらを優先したサウンドを目指したから。微小なシグナルを扱うマイクプリアンプにとっての十数dBのノイズレベルの違いはとても大きく影響してきます。M101は優れた低ノイズ性能を誇るIC、強靭な電源回路、厳選されたパッシブコンポーネンツ、プリントパターンデザインにより、トランス入力の機器以上の性能を達成しています。 倍音をトーンキャラクターとして上手に利用するか、徹底的に排除しナチュラルでクリアなサウンドにデザインするか、メーカー・設計者の意思によりこれだけの違いを生み出します。マイクプリアンプは楽器です、出音が良ければどんな手段でも。正解は無限に存在するのだと思います。 ※十数kHzにピークが見られますがM101のデータにも確認できる事から何らかの測定エラーと考えられます、測定としては失敗ですがここからも興味深い事が分かりますのであえて採用しました。後で調査をしたらPCにつないでいる他の機器のノイズがINPUTに混入している事が分かりました、+64dBのゲインを持たせているので微小な混入でもこのように現れてしまいました。それの何が興味深いかと言いますと、PRE-73 MK2では-60dBu出ているのに対しM103では-80dBuを下回る数値、同じゲイン設定でも20dB以上の差が付いています。この事から同相ノイズの除去能力の高さが確認できトランスバランス機器を上回る能力、照明や電源系からの飛び込みノイズに対しても驚異的な耐力を持っている事が実感できました。